P尺を使った計算1(基本)【計算尺の使い方43】


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「計算尺の使い方」まとめ

特殊な目盛りのひとつ「P尺」について

計算尺の目盛りには、基本計算に用いる C尺、CI尺、D尺や、二乗・二乗根の計算に使う A尺、B尺など様々なものがあります。
基本的な目盛りについては「計算尺の目盛りと基本操作」で簡単に紹介しています。

計算尺のハイエンド・モデルの中には「P尺」という特殊な目盛りを持つものもあります。
下は実際の写真です。(Faber-Cascell の 2/82)
写真の右下の赤枠部分が P尺です。

P尺の名前の由来は「ピタゴラスの定理」で、ピタゴラスの頭文字から Pを取っています。
英語では「Pythagorean scale」とも呼ばれます。

ピタゴラスの定理は、直角三角形で成り立つ定理です。
下の図のように、三辺の長さがそれぞれ\(x\)、\(y\) および\(z\) の三角形を考えます。
図では斜辺を\(z\) としています。


このとき、3辺の間には下式のような関係がありました。これがピタゴラスの定理です。
$$ x^2 + y^2 = z^2 $$
ここで、斜辺の\(z = 1\) とした下の図のような直角三角形を 考えます。

このとき、ピタゴラスの定理より下のような関係が成り立ちます。

$$ x^2 + y^2 = 1 $$
$$ \Leftrightarrow y^2 = 1 – x^2 $$
$$ \Leftrightarrow y = \pm \sqrt{1 – x^2} $$

P尺は、すぐ上の式の右辺に出てくる \( \sqrt{1 – x^2}\) を計算するための目盛りです。
基本的な使い方では、\(x\) の値として D尺にカーソルを合わせると、P尺に \( y = \sqrt{1 – x^2}\) の\(y\) の値が答として示されます。

一言で表現すれば、P尺は \( y = \sqrt{1 – x^2}\) を計算するための目盛りです。
P尺の目盛りは、D尺に対して下の図のように振られています。

重要な点は、\( y = \sqrt{1 – x^2}\) という式の性質から、\(x\) と\(y\) の値は必ず 0以上 1以下です。そのため、P尺の目盛りも0 以上1 以下しかありえません。
P尺を使った計算には位取りは不要で、目盛りをそのまま読みます。

ここで、P尺に対応させる D尺の目盛りは1 を 0.1、10 を1 と見なします。
そのため、上の図のとおり D尺の目盛りが1 未満、つまり\(x\) が 0.1未満の場合、P尺は使えません。
(Faber-Cascell の 2/83N のように、少し外側に目盛りが振られていて \(x\) が 0.09までは計算できるものもあります。)

実際にどのような計算に使うのか?

以上の P尺の性質を説明すると、なぜ \( y = \sqrt{1 – x^2}\) を計算するための目盛りがわざわざあるのか理由がわからない方も多いと思います。
以下では具体的にどのような計算で P尺が有用になるかを簡単に紹介します。

(1)20° 未満の \( \cos \) の計算
三角関数 \(\cos{x}\) の計算は、通常は S尺を使って計算します。
具体的な計算方法は「cos の計算(0°~84°)」でも紹介しています。
しかし、角度が 20°未満、特に 10°未満では S尺の目盛りがつぶれてしまい正確な計算はできません。
三角関数の \(\sin{x}\) と \(\cos{x}\) には以下の関係があります。
$$ \sin^{2}{x} + \cos^{2}{x} = 1 $$
$$ \Leftrightarrow \cos{x} = \pm \sqrt{1 – \sin^{2}{x}} $$
そのため、P尺を使うことで角度が 20°未満の \(\cos\) の計算を正確に行うことができます。
(これは角度70° 以上の \(\sin\) の計算にも適用できます。)
以下の計算例3で具体的な計算を紹介しています。

ただし、6° 未満の\(\cos\) の計算は、P尺の目盛りから外れてしまうためできません。
\(\cos{6^{\circ}}\) は約0.995 なので、おそらく関数電卓普及前の技術計算では 1と近似していたか、専用の三角関数表を参照していたか、どうしても詳細な値が必要な場合はマクローリン展開などで地道に計算していたのだと思われます。

(2)\( y = \sqrt{1 – x^2}\) を基本とした別の関数の計算
\( y = \sqrt{1 – x^2}\) という関数の形は、科学技術計算では時々見かけます。
例えば逆三角関数 \(\sin^{-1}{x}\) と \(\cos^{-1}{x}\) の微分は下式のようになります。
$$ (\sin^{-1}{x})’  = \frac{1}{\sqrt{1 – x^2}} \ \ \ \ \ \ \  (-1 < x < 1) $$
$$ (\cos^{-1}{x})’  = – \frac{1}{\sqrt{1 – x^2}} \ \ \ \ \ \ \ (-1 < x < 1) $$
P尺に D尺以外の目盛りを組み合わせることで、\( 1/ \sqrt{1 – x^2}\) の形の関数もすぐに答が得られます。
これについては「P尺を使った計算2(様々な関数の計算)」の中で紹介する予定ですしています。

また、以下の式変形
$$ \sqrt{a^2 – b^2} = \sqrt{a^2 \left( 1 – \frac{b^2}{a^2} \right) } = a \sqrt{1 – \left( \frac{b}{a} \right)^2} $$
より、\(\sqrt{a^2 – b^2}\) という関数も計算することができます。(ただし \(a > b\))
ここで、\( b/a \) などは別に計算して求めます。
これについては以下の計算例4で紹介しています。

計算尺の最大の弱点は、足し算引き算を直接計算できないことです。
しかしP尺を使うことで、引き算を含んだ特定の形の関数を素早く計算できます。
これこそが、P尺の最大のメリットです。
科学技術計算で頻繁に登場する関数なので、そのような関数を扱う技術者にはとても有用だったと思います。

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計算例1 \( \sqrt{1 – 0.427^2} \)

(1)0.427 として、D尺の「4.27」にカーソル線を合わせます。

(2)そのまま P尺の目盛りを読むと「0.9042」が答だとわかります。

計算例2 \( \sqrt{1 – 0.975^2} \)

(1)0.975 として、D尺の「9.75」にカーソル線を合わせます。

(2)そのまま P尺の目盛りを読むと「0.22」が答だとわかります。

この計算例のように、\( \sqrt{1 – x^2}\) の \(x\) が 1に近いと、P尺の目盛りがつぶれて答の精度が出ない場合があります。
少々手間ですが、地道に \(x^2\) を D尺と A尺で計算し、手計算で\(1 – x^2\) を求め、その結果の二乗根を計算する方が精度がよくなる場合もあります。

計算例3 \( \cos 7.25^{\circ} \)

\( \sqrt{1 – \sin^{2}{x}} \) の関係から、はじめに S尺で \( \sin{x} \) の値を求めます。
P尺と S尺が同じ面の外尺にある計算尺では、D尺の目盛りを読まずにそのまま P尺の目盛りを読むことですぐに答が得られます。

(1)S尺の「7.25°」にカーソル線を合わせます。

(2)D尺に\( \sin{7.25^{\circ}} \) の答が示されます。D尺と P尺が同じ面にある計算尺では、そのまま P尺の目盛りを読むことで答の「0.9920」が得られます。

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計算例4 \( \sqrt{7.18^2 – 2.71^2} \)

$$ \sqrt{a^2 – b^2} = a \sqrt{1 – \left( \frac{b}{a} \right)^2} $$

以上の式から計算します。
初めに \(b \div a\) を計算し、得られた値を D尺に置き P尺でルートの中身を計算し、最後に \( a\) を掛ける、という手順になります。

(1)\(2.71 \div 7.18\) を計算します。
D尺の「2.71」にカーソル線を合わせ(図の①)、C尺の「7.18」とカーソル線が合うように内尺を動かします(図の②)。

(2)C尺の右基線「10」にカーソル線を合わせます。
D尺上に\(2.71 \div 7.18 \) の答が示されますが(図の 3.776で、位取りすると 0.3776)、そのままP尺の目盛りを読むことで \( \sqrt{1 – (2.71/7.18)^2} \) の答が得られます。
\( \sqrt{1 – (2.71/7.18)^2} = 0.9260\) だとわかります。

(3)\(7.18 \times 0.9260\) を計算します。
D尺の「7.18」にカーソル線を合わせ(図の①)、0.9260 としてCI尺の「9.260」とカーソル線が合うように内尺を動かします(図の②)。

(4)CI尺の左基線「10」にカーソル線を合わせると、D尺に答として「6.650」が得られます。
概算で位取りをすると \(7.18 \times 0.9260\) → \(7 \times 1 = 7\) なので、6.650 がそのまま答だとわかります。

計算尺に関する記事一覧

当サイトで紹介している計算尺の使い方に関する記事一覧は、カテゴリーの「計算尺 / Slide rule」のほか「計算尺の使い方」まとめページでご覧いただけます。

3 thoughts on “P尺を使った計算1(基本)【計算尺の使い方43】

  1. Jochen

    遂にP尺の解説がはじまりましたね。
    楽しみにしていました。
    有り難うございます。
    小さな角度のcos値を精度高く割り出すのに使えるとは思いませんでした。
    次の回はどんな記事になるのか全く予想もつきませんが大いに期待をしております。
    本業がお忙しい中執筆していただき感謝申し上げます。
    ところで職場で計算尺をいじっていても関心を示してくれる人がいなくて少し哀しい理系のJochenでした。

  2. Yoshi-G 投稿作成者

    Jochen様

    当サイト管理人のよしじです。
    いつもコメントをいただき、本当にありがとうございます。

    大変お待たせいたしましたが、ようやくP尺の解説にたどり着きました。
    ご期待通りの内容かどうか甚だ不安ですので、ご要望などありましたら遠慮なくお知らせください。
    今後の記事の更新で出来る限りご要望を反映したいと思います。
    3/2乗、2/3乗の記事についても、時間を見つけてぜひご提案を反映したいと考えております。

    申し訳ございませんが、この土日も続きを書くのが難しそうです。
    P尺の使い方後編は6月中に完成したいと思います。

    色々とコメントをいただき本当に励みになっております。
    引き続き当サイトをよろしくお願いいたします。

  3. Alton

    1年ほど前の記事なのでお気付きかもしれませんが…
    計算例 2 の √(1-0.975^2) の計算は、P 尺の 0.975 にカーソル線を合わせて C/D 尺の目盛りを読めば 1 桁精度良く ( 0.222…) 求めることができますね。
    これは C/D 尺と P 尺とは相互に √( 1 – x^2 ) (ただし 0 < x < 1) の関係にあるからです。
    「(1) 20°未満の cos の計算」と同様ですね。

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